2024.03.26

<宗野永枝氏のコラム>
ファイザー社の事例に見る障害者雇用が与える企業価値への影響
〜ファイザー社 横浜パッケージセンターの視察から~

<宗野永枝氏のコラム>
ファイザー社の事例に見る障害者雇用が与える企業価値への影響
〜ファイザー社 横浜パッケージセンターの視察から~

はじめに
JEAPの会員企業様のキャリア相談をお手伝いしております、キャリアコンサルタントの宗野です。今回は障害者雇用を持続的にされているファイザー株式会社様(以下ファイザー社)の横浜パッケージセンター※を訪れる機会をいただきました。
社内外から高く評価されるファイザー社の取り組み(特例子会社の枠組みを使わず直接雇用)を皆様に知っていただき、訪問時に感じた障害者雇用のメリットや課題をお伝えすることでの皆様のビジネスおよび障害者支援のヒントにしていただきたいと思います。

今回の訪問者 JEAP事務局長大森氏・主任研究員吉川氏、㈱ファンテック浅井氏、宗野
ご担当者 コーポレート事業統括部 YPCセンター長 海老原肇様

※横浜パッケージセンターについてはファイザー株式会社のページもあわせて御覧ください
“できること”を活かして活躍できるファイザーの職場づくり | Pfizer Japan)
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左から浅井氏、宗野、海老原様、吉川研究員、大森事務局長
横浜パッケージセンターとは
横浜パッケージセンター(以下YPC)は、JR横浜線鴨居駅から鶴見川を越えて工場や事業所が集まる地域に位置します。米ファイザー社の日本法人が持つ唯一の「パッケージセンター」として1992年に設立され、2024年1月時点で配属の社員はセンター長を含めて45名。うち36名が精神障害もしくは知的障害を持ち、加えて本社にも2名の障害をもつYPC社員がいます。
専門的な業務を担うオペレータースタッフ13名(主に精神障害を持つ社員)、軽作業を担うワーキングスタッフ26名(おもに知的障害を持つ社員)、作業現場の指示やサポートをする支援スタッフが6名、全体を海老原センター長が統括しています。
YPCの業務内容は販売促進品のセット、ダイレクトメールの作成、名刺印刷、それぞれの発送、その他社員のプレゼン用PCの管理・発送や最近ではAI合成音声の作成や動画撮影編集※、データマイニングなど。2023年の印刷数は約380万枚だったそうです。
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なお2021〜2023年のCOVID19のワクチン接種においては、2万箇所の接種会場に「ワクチンスターターキット」(ワクチンを接種するために必要な物品をパッキングしたもの)を納期通りに届けた実績があり、工程管理・品質管理が徹底されていることが伺えます。

※YouTubeファイザー社公式チャンネル ファイザー名古屋工場 日本の技術と品質を世界へ の動画はYPCのスタッフが撮影・編集したものです

シングルタスクを徹底した封入作業
海老原センター長にYPCの紹介をいただいた後、2階の作業現場で全国に発送するダイレクトメール(DM)封入の見学へ。
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ふたつの島に分かれて封入作業
基本的に印刷物発送の依頼は全国の社員から専用のサイト経由で依頼が届き、支援スタッフが受付処理をした上で、オペレータースタッフによって内容を確認・印刷されたものをワーキングスタッフが封入していきます。
依頼の量は時期によってばらつきがあり、特に新薬が承認されたタイミングはご案内印刷の依頼が集中しやすいとのこと。作業スペースに置かれたホワイトボードには、A4の「依頼書」が何枚も張り出され、現場の一角には梱包を待つ印刷物が並べられていました。
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封入・梱包を待つ印刷物
他部署からの「ありがとう」がモチベーションに
印刷を担当するスタッフAさんから業務の説明を聞いていた際、社内SNSで他部署からお礼や到着連絡が届くと聞き、その一部を見せていただきました。そこには依頼者からのフィードバックと感謝の言葉が依頼者の写真とともに届いていて、オンラインの活発なやりとりが彼らのやりがいと自信に繋がることが感じられる光景でした。
また、印刷物を受け取るためにYPCに訪れた営業担当の方に話を伺うと、部署を越えたコミュニケーションやお互いの仕事を称賛する文化によって、現場のスタッフのモチベーションが生まれている様子が伺えます。

さらに階段を降りた1階の作業場では、広い空間に小型の製紙装置が置かれ、オペレータースタッフのBさんが紙の検品作業をしていました。ファイザー社では新たな試みとして、社内の古紙をYPCが回収し、再生して名刺や販促物の印刷用紙として活用するプロジェクトが進んでいるとのこと。
このプロジェクトによってYPCが「社内から切り出された業務を行う」だけではなく、「新たな価値創造を担う」部署になっていると感じました。

「評価に見合う報酬」が安定雇用の鍵
ファイザー社の障害者雇用のもっとも大きな特徴は「ペイフォアパフォーマンス」という概念、つまり障害者雇用という形においても評価とそれに基づく昇給がある点です。
各社員が業務面と生活面の2軸で目標を設定し、管理者が目標達成、貢献度、態度を評価します。また業務ごとに習熟したスタッフには「マイスター」の称号が与えられ、自らのスキルを認識し他者からも認められることで自信と成長への動機づけになっているのです。
あわせて労働環境の側面では、米国本社から直接受けるEHS監査※によって職場の安全環境が担保され、スタッフの身体的・心理的な安全性につながっています。
シングルタスクによる品質管理のしくみ、安全が担保された環境、OJTと集合研修によるスキル向上の機会に加え、客観的な評価と報酬が約束されていることが障害者の雇用を安定的に継続する鍵になっているように思います。

※EHS監査とは米国ファイザー社の「ファイザー環境・健康・安全(EHS)基準」に基づく職場の環境・健康・安全リスクに係る監査を指します

障害者雇用と企業価値
最後にファイザー社の障害者の雇用が影響を及ぼす企業の価値について考察します。
私が感じたことは、収益性向上、ステークホルダーへの説明責任、非財務的価値の向上の3点です。
1) まず2023年の実績を見ると、これだけの量を内製化することで収益性が高まるとすると、経営にとって大きな貢献です。またセンター長のリーダーシップと社員同士の信頼関係、安心安全な職場環境が確保されていることも定着率を高め、採用コストを押し下げていることが推察できます。
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2) ステークホルダーへの説明責任という観点では、法定雇用率を達成するだけではなく本社と同様の評価制度や安全な環境づくりによって雇用の質を高めていると言えます。このことは顧客、取引先、企業に選ばれる材料となるでしょう。

3) 非財務的な価値という観点では、新たな業務の開発や資源を循環させる試みに見られるように、新たな価値創造にチャレンジしていくことで企業を持続的に発展させ、さらには人材としても業界を牽引する役割を果たすことが期待できます。

海老原センター長としては今後のYPCのプレゼンスを上げることが自身の役割であること、本社や別部署の社員の研修、年間通じた仕事の創出が課題というお話を聞かせていただきました。
今回視察した私達にとっても、作業現場の見学やセンター長との意見交換はとても有意義なものであり、社内外のコミュニケーションの機会を積極的に増やし、社会的な認知を向上していくことが、日本の障害者雇用の健全性を高めることに資するだろうと感じています。
おわりに
米国ファイザー社のESGレポートによれば全世界で60名の障害者を雇用していると書かれており、全社の障害者雇用のうち日本法人のそれが半数以上を占めることを表します。さらに障害平等指数100の企業として認められたとも記されてはいますが、日本での具体的な取り組みは取り上げられておらず、国内外での認知拡大が期待されます。
障害を抱える社員が企業価値を高める人材として認知され、その結果に顧客・従業員・経営者の三方良しが叶う組織と社会になることを目指し、私も引き続き会員様のお手伝いをしてまいりたいと思います。
宗野永枝 / Muneno Hisae
宗野永枝 / Muneno Hisae

キャリアコンサルタント、通訳案内士。
日本キャリア開発協会会員。
国際協力NGO、国内文具メーカー勤務を経て2021年創業。

法人のバックオフィス支援として人事制度コンサルティング(キャリアパス制度支援)、経理コンサルティングを提供。また個人のキャリア支援として、会社員・フリーランス・求職中の方々にキャリアプラン・ライフプラン作成サービスを提供している。
得意領域は、外国人や障害者の方など労働市場におけるマイノリティの方々への就業の機会獲得・事業創出、およびメンタリング。


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