2024.09.23

<貝沼春樹社労士の連載コラム 全8回>
中小企業必読! はじめての障害者雇用
第7回「手順書」による指示を 誤解や失念が減り有効

<貝沼春樹社労士の連載コラム 全8回>
中小企業必読! はじめての障害者雇用
第7回「手順書」による指示を 誤解や失念が減り有効

「必要な配慮」は広範囲に周知を

 退職理由で上位に挙がる要因に職場での対人関係の悪化がある。本人と受入れ職場の同僚などとの関係がうまくいかず、本人が居づらくなり退職するケースである。
 関係が悪くなる原因は複数あるだろうが、1つは障害を持つ社員に対する周りの人たちの理解不足がある。採用前に受入れ職場向け研修を実施したり、採用時に就労パスポートなどを通じて周囲が本人の障害特性(症状が出た際の対応方法を含む)を把握していれば、理解不足や誤解による関係悪化はかなり防げる。障害特性や必要な配慮などを誰にどこまで話すかについては本人の了解が必要だが、できるだけ広範に知ってもらった方が良い。
 一例として、薬の副作用が原因の誤解がある。精神疾患がある方が向精神薬などを服用すると、眠気が出ることがある。うつらうつらする姿を目にした同僚らが「やる気がない」、「サボっている」と受け止めてしまうと結果は明らかである。本人からすると、サボっているわけでないし、悪気はない。しかし、周囲の受止め方によっては職場で浮いてしまい、居づらくなる。このような誤解が原因の対人関係の悪化による退職は、本人に対する理解を深めることで、かなり防げるはずである。

 障害特性は障害者によって異なるため、同じ病名(障害)であっても対応は一人ひとりで異なる。たとえば、疲れやすいという「易疲労性」の場合、具体的な症状として、課題に向かう耐久力がない、疲れやすくすぐ音を上げてしまう、あくびばかりしている、課題を行った後は疲れてしまい動けなくなる、長時間座っていることができない、すぐにうつ伏せになってしまう、動きがスローモーションである――などが挙がる。疲れを感じたらこまめに休ませる必要があるため、休憩を取るタイミング(随時か定時か)や時間(短時間か少し長目か)を決めたり、ゆっくり休める休憩室を用意すると本人の働きやすさが高まる。

 発達障害の場合は、次のような障害特性がみられる。相手の気持ちが想像できないので相手に不快な発言をする、複数のタスクを並行してできない、急に予定変更などがあるとパニックになる、自分のやり方にこだわり変えようとしない――などである。対応策としては、「仕事の指示は複数の項目を1度に出さない。指示内容が完了してから次の仕事を指示する」、「1日の仕事のスケジュールを見えるようにして、本人が作業の流れについて見通しを立てられるようにする」などが考えられる。
 精神疾患において総じていえることは、「外見上は病気には見えない」である。したがって、本人や支援者などから、詳細を聞かないと症状が分からないケースが多い。本人の了解の下、できるだけ細かく聞いて、理解するように努める必要がある。その際の対応については支援者などの専門家のアドバイスを受けた方が良い。
健常者を含めて生産性向上効果

 就労支援や療育の領域では「構造化」という言葉がよく使われる。精神障害や発達障害を持つ方が、仕事を分かりやすく、やりやすくすることを指す。
 具体的には、①物理的構造化、②時間の構造化(スケジュール)、③活動の構造化、④視覚的構造化がある。たとえば、口頭指示や会議の内容が理解できない障害特性のある方には、「④視覚的構造化」によるサポートが効果を発揮する。メモ、メール、図、文書、マニュアル、手順書などで指示して視覚化を図る。記録に残せば、本人の理解の誤りや失念は減り仕事が進めやすくなる。口頭で指示する場合は、聞き手がメモを取れるようにゆっくり話すなどの工夫も必要である。
 手順書については、青森県が「障害者作業手順書作成支援」というサイト※を設け、つくり方をまとめており参考になる。実際に企業が作成した「手順書」も公開し、清掃や食品加工、ピッキングなどの作業の事例を掲載する。
 作成の狙いは、障害のある方に仕事の内容を分かりやすく伝えることと、できるだけ仕事をシンプル化することである。作成時にはまず、仕事の手順を分析する。既存の仕事の手順を行動単位に分解し、時系列に沿って並べていく。そして、一つひとつの行動単位について、障害のある方が理解できるか、実行できるか、より分かりやすく簡単にできないか、本当に必要なのか、他の方法はないのかなどの観点で点検する。
 より細かい構造化の手法は、以下の書籍も参考になる。さまざまな手法を把握できる。

「よくわかる!自閉症スペクトラムのための環境づくり 事例から学ぶ「構造化」ガイドブック』(Gakken刊)
『働く自閉症者のための作業改善の工夫とアイデア 構造化で活かす一人ひとりの特性』(エンパワメント研究所刊)
『TEACCHプログラムに基づく自閉症児・者のための自立課題アイデア集』(中央法規出版刊)

 障害のある方のための仕事の構造化は、障害者以外にも役に立つといわれる。手順書づくりによって仕事の進め方の見直しが行われ、生産性向上という効果が働くすべての人に及ぶからである。

※青森県ホームページ 障がい者作業手順書(こども家庭部 若者定着還流促進課)
あおば社会保険労務士・精神保健福祉士事務所 代表 特定社会保険労務士 精神保健福祉士 貝沼 春樹
あおば社会保険労務士・精神保健福祉士事務所
代表 特定社会保険労務士 精神保健福祉士 貝沼 春樹

三井住友海上火災保険とその関連会社に41年勤務。営業・経営企画・人事労務、関連会社の役員等を経験。その経験を活かして経営者目線で人事労務コンサルティングを行っている。特に障害者雇用に注力。精神保健福祉士・訪問型ジョブコーチでもあり、精神障害者・発達障害者・知的障害者を雇用する企業への支援を得意としている。

https://aoba-roumu.com/


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