2024.08.24

【吉本侑生弁護士によるコラム】
事業主が押さえておくべき障害のある労働者に対する合理的配慮の内容(全5回)
第1回 雇用分野における障害者に対する合理的配慮とは

【吉本侑生弁護士によるコラム】
事業主が押さえておくべき障害のある労働者に対する合理的配慮の内容(全5回)
第1回 雇用分野における障害者に対する合理的配慮とは

1.はじめに
 平成25年の障害者雇用促進法(以下「促進法」といいます。)の改正により、平成28年4月1日から、雇用分野における障害者に対する差別が禁止されるとともに、募集・採用時や採用後における合理的配慮の提供が義務づけられました。
 また、令和4年の促進法の改正では、事業主の責務として障害者の職業能力の開発及び向上が含まれることが明確化されたほか、令和6年4月1日からは法定雇用率の引上げも行われています。
 さらに、令和3年の障害者差別解消法の改正により、令和6年4月1日からは、雇用分野以外においても障害者に対する合理的配慮が求められることとなりました。
 このように、今日においては、障害のある方に対する配慮が重要となっています。

 本コラムでは、中でも問題となりやすい、雇用分野における合理的配慮について、事業主としてどのような対応が求められるのかを、厚生労働大臣の定める『合理的配慮指針』や、障害者に対する安全配慮義務に関する裁判例をご紹介しながら、具体的にお伝えします。

 この第1回のコラムでは、雇用分野における合理的配慮について、促進法がどのように定めているか、また、違反した場合にどのようになるのかをお伝えします。
2.促進法における合理的配慮の概要
 促進法では、事業主は、労働者の募集・採用について、障害者に対して障害者でない者と均等な機会を与えなければならず(促進法34条)、また、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、障害者であることを理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをしてはならない(促進法35条)として、雇用における障害者差別の禁止が定められていますが、これとともに、事業主は、障害の特性に配慮した必要な措置を講じなければならないとされています(促進法36条の2、26条の3)。
 これがいわゆる「合理的配慮」といわれるもので、促進法は、募集・採用の場面と採用後の場面という2つの場面に分けて、事業主に対して合理的配慮の提供義務を定めています。
 まず、募集・採用の場面については、事業主は、障害者と障害者でない者との均等な機会の確保の支障となっている事情を改善するため、過重な負担とならない限り、労働者の募集及び採用に当たり障害者からの申出により当該障害者の障害の特性に配慮した必要な措置を講じなければならないとされています(促進法36条の2)。
 また、採用後の場面については、事業主は、障害者である労働者について、障害者でない労働者との均等な待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するため、過重な負担とならない限り、その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならないとされています(促進法36条の3)。
 このように、促進法は、事業主に対し、募集・採用の場面と採用後の場面における合理的配慮を求めることにより、雇用の場面全般における合理的配慮を求めているのです。
 なお、促進法にいう「障害者」とは、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含みます。)その他の心身の機能の障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者(促進法2条1号)のことをいい、障害者手帳の有無にかかわらず合理的配慮が求められますので、注意が必要です。
3.紛争の解決について
合理的配慮については、障害者の意向を踏まえた様々な対応をとることが事業主に求められますので、この点に関する紛争については、まずは会社内で自主的に解決を図り、必要に応じて行政の援助を求めることになります。
 すなわち、促進法では、採用後の合理的配慮について障害を有する労働者から苦情の申出を受けた場合、事業主は、苦情処理機関(事業主の代表者と労働者の代表者を構成員とする事業所の機関)に対し苦情の処理を委ねる等して、その自主的な解決を図るように努めなければならないとされています(促進法74条の4)。
 また、都道府県労働局長は、紛争の当事者からその解決について援助を求められた場合、当事者に必要な助言、指導又は勧告をすることができるとされており(促進法74条の6第1項)、さらに、当事者から調停の申請があり、紛争の解決のために必要があると認めるときは、紛争調整委員会(個別労働紛争解決促進法6条1項)に調停を行わせるものとされています(促進法74条の7第1項)。
4.合理的配慮の提供義務に違反した場合
合理的配慮の提供義務については、促進法上、これを怠った場合の罰則や効果は定められていません。これは、合理的配慮が個々の労働者の障害の状態や職場の状況等に応じて様々な措置をとることが考えられ、合理的配慮の提供義務に違反した場合にどのような効果を発生させるかは一概に定められないからです。
 そのため、事業主が合理的配慮を怠ったとしても、障害者は、事業主に対して当然に何らかの請求ができるわけではありません。
 
 もっとも、合理的配慮の提供義務に違反した場合、厚生労働大臣による助言、指導又は勧告といった行政指導を受けるおそれがありますし(促進法36条の6)、事業主としては、SNSなどでネガティブな評判が拡散されるなどといったレピュテーションリスクにさらされるおそれもあります。

 また、事業主(使用者)は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を負っているところ(労働契約法5条)、合理的配慮の提供義務に違反し、これにより障害者である労働者の健康状態が悪化した場合には、安全配慮義務違反があったとして労働者に対して損害賠償義務を負うおそれもあります。
 この点については、確かに、障害者でない労働者との均等な待遇の確保や障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するために求められる措置である促進法上の合理的配慮の提供義務と、労働者の生命・身体等の安全を確保するために求められる安全配慮義務は、いずれも根拠や趣旨が異なるものですので、合理的配慮の提供義務に違反したからといって直ちに安全配慮義務に違反したことになるわけではありません。
 しかしながら、促進法上求められる合理的配慮の内容が安全配慮義務の具体的な内容となり、その意味では促進法上の合理的配慮の提供義務違反が安全配慮義務違反を基礎づけることがあると考えられますので、合理的配慮の提供義務に違反し、これにより障害者である労働者の健康状態が悪化した場合には、安全配慮義務違反という形で労働者から責任を問われるおそれがありますし、いずれも雇用の場面で課される配慮義務ですので、事業主としては双方を念頭に置いた対応が求められます。

 このように、事業主が障害者である労働者への配慮を怠り、これにより労働者の健康状態が悪化した場合には、促進法上の合理的配慮の提供義務違反だけでなく、安全配慮義務違反が問われることもありますが、まずは促進法上の合理的配慮についてどのような対応が求められるのかを理解しておくことが重要といえます。

 そこで、第2回のコラムでは、どのように合理的配慮の内容を決めていくのかという点について、厚生労働大臣の定める『合理的配慮指針』に沿ってお伝えします。
執筆者 弁護士 吉本 侑生/ Yoshimoto Yuki Serenity法律事務所 代表
執筆者 弁護士 吉本 侑生/ Yoshimoto Yuki
Serenity法律事務所 代表

平成29年弁護士登録。同年、ベンチャー企業を創業からIPO・M&Aまで幅広くサポートする大阪の法律事務所に入所。同事務所にて多数の企業法務案件や一般民事事件、書籍の執筆、セミナー(個人情報等)を経験し、令和6年、大阪にて独立開業。現在は、契約書作成、労働問題、債権回収をはじめとする企業法務案件を中心に、離婚、相続、交通事故、刑事事件など幅広い案件の対応を行っている。

https://serenity-law-office.site/


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