【吉本侑生弁護士によるコラム】
事業主が押さえておくべき障害のある労働者に対する合理的配慮の内容(全5回)
第2回 合理的配慮の確定のプロセス
1.はじめに 第1回のコラムでお伝えしたように、障害者雇用促進法(以下「促進法」)は、雇用分野における障害者に対する合理的配慮を定めていますが、合理的配慮の内容については、個々の労働者の障害の状態や職場の状況に応じて変わってきますので、個別具体的な事情を踏まえて講じるべき措置の内容を決めていく必要があります。
そのため、合理的配慮措置を講じるに当たっては、障害者の意向を十分に尊重しなければならないとされています(促進法36条の4第1項)。
また、事業主は、配慮措置に関し、その雇用する障害者である労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならないとされています(同条2項)。
もっとも、これらの規定は抽象的なものであり、具体的にどのような措置が求められるのかは促進法にも明確に規定されていません。
そこで参考となるのが、厚生労働大臣の定める『
合理的配慮指針』(以下「配慮指針」)です。この配慮指針には、合理的配慮の適切かつ有効な実施を図るために必要な事項が定められており(促進法36条の5第1項参照)、合理的配慮を確定する手続や、合理的配慮の具体例なども記載されていますので、この配慮指針を踏まえて合理的配慮措置の具体的な内容を決めていくことになります。
今回のコラムでは、合理的配慮の内容をどのように決定するのかを配慮指針に沿ってお伝えします。
2.合理的配慮の確定までの流れ
合理的配慮の確定のプロセスは、募集・採用時における合理的配慮と、採用後における合理的配慮とで一部異なりますので、以下では、募集・採用時と採用後に分けて説明します。
1) 募集・採用時における合理的配慮の提供について
① 障害者からの合理的配慮の申出
募集・採用時に合理的配慮が必要となる場合、まずは、障害者が事業主に対して、募集・採用に当たって支障となっている事情(例:「耳が聞こえにくい」など)と、その改善のために希望する措置の内容(例:「面接を筆談で行ってほしい」など)を申し出ることになります。これは、事業主側からすると、募集・採用時にはどのような障害特性を有する障害者から応募があるか分からず、どのような合理的配慮をすべきか不明確な状況にあることから、障害者から申出を行うこととされています。
この場合において、障害者が希望する措置の内容を具体的に申し出ることが困難なときは、支障となっている事情を明らかにすることで足りるとされています。
なお、合理的配慮措置の内容によっては、準備に一定の時間がかかる場合がありますので、そのような措置を求める障害者は、面接日等までの間に時間的余裕をもって事業主に申し出ることが求められます。
また、募集・採用時に、事業主が採用後の合理的配慮について質問することも想定されますが(ただし、採用後の合理的配慮について確認することまで配慮指針で求められているわけではありません。)、能力・適性を判断するために必要な範囲内で、質問の趣旨及び必要性を明らかにした上で質問することになります。このとき、採用後の合理的配慮に関する申出があったことをもって不利益な取扱いにつながらないようにしなければなりません。
他方で、一般求人において、応募者が自ら障害者であることを申し出ていない場合については注意が必要です。この場合においても、能力・適性を判断するために必要な範囲内で、質問の趣旨及び必要性を明らかにした上で就業上の配慮が必要かどうか質問することは可能ですが、その質問が障害を有することの確認に繋がらないようにする必要があります。なお、募集・採用時に障害者であることを明らかにしていなかった労働者が、採用後に合理的配慮を求めることを妨げるものではありませんので、この点にも注意が必要です。
②合理的配慮に係る措置の内容に関する話合い
障害者から①の申出を受け、募集・採用に当たって支障となっている事情が確認された場合、事業主は、具体的にどのような措置を講ずるかについて当該障害者と話合いを行うことになります。
この場合においても、障害者が希望する措置の内容を具体的に申し出ることが困難なときは、事業主は、実施可能な措置を示しながら、当該障害者と話合いを行うことになります。
③合理的配慮の確定
事業主は、②の話合いを踏まえ、障害者の意向を十分に尊重しつつ、具体的にどのような措置を講ずるかを検討し、講じることとした措置の内容とその理由(申出のあった具体的な措置が過重な負担に当たると判断した場合は、当該措置を実施できないこととその理由)を当該障害者に伝えることになります。
また、募集・採用に当たって支障となっている事情等を改善する措置が複数あるときは、事業主が、障害者との話合いの下、その意向を十分に尊重した上で、より提供しやすい措置を講じることは差し支えないとされています。
他方で、障害者が希望する措置が過重な負担であったときは、事業主は、当該障害者との話合いの下、その意向を十分に尊重した上で、過重な負担にならない範囲で、配慮措置を講じることになります。
2) 採用後における合理的配慮の提供について
①事業主の職場において支障となっている事情の有無等の確認
採用後については、事業主は、労働者が障害者であることを採用時までに把握している場合には、採用時までに当該障害者に対して職場において支障となっている事情の有無を確認しておく必要があります。
また、採用後に障害者であることを把握した場合(障害者となった時期が採用前か採用後であるかは問いません。)、事業主は、当該障害者に対し、遅滞なく、職場において支障となっている事情の有無を確認しなければなりません。
さらに、障害の状態や職場の状況が変化することもありますので、事業主は、必要に応じて定期的に職場において支障となっている事情の有無を確認しなければなりません。定期的な確認の頻度については、個々の障害者の障害の状態や職場の状況の変化等に応じて行うことになりますので、一定の期間が定められているわけではありませんが、例えば、毎年の健康診断の機会に確認を行うことが考えられます。
このような確認により、職場において支障となっている事情があれば、その改善のために障害者が希望する措置の内容についても確認することになります。この場合において、障害者が希望する措置の内容を具体的に申し出ることが困難なときは、支障となっている事情を明らかにすることで足りるとされています。
②合理的配慮に係る措置の内容に関する話合い
こちらは募集・採用時のものと同じです。
③合理的配慮の確定
こちらも募集・採用時のものと同じです。
3) 「過重な負担」に当たるか否かの判断について
これまでみてきたとおり、障害者の求める措置が事業主にとって「過重な負担」となる場合には当該措置を講じる義務はありませんので、「過重な負担」についてもどのように判断していくかが問題となります。
この点についても、個別具体的に判断されるものですので、一概にどのような場合に「過重な負担」に該当するかを明らかにすることはできませんが、以下の事情を踏まえ、「過重な負担」に該当するか否かを判断することになります。
①事業活動への影響の程度、②実現困難度、③費用・負担の程度、
④企業の規模、⑤企業の財務状況、⑥公的支援の有無
3.おわりに
以上のプロセスを経て、具体的な配慮措置を確定させることになります。
本コラムで、配慮措置を確定させる手続の流れをお伝えしましたので、次回のコラムでは、具体的な配慮措置を検討する際の参考となるよう、障害の種類や場面に応じた配慮措置の具体例をお伝えします。
執筆者 弁護士 吉本 侑生/ Yoshimoto Yuki
Serenity法律事務所 代表
平成29年弁護士登録。同年、ベンチャー企業を創業からIPO・M&Aまで幅広くサポートする大阪の法律事務所に入所。同事務所にて多数の企業法務案件や一般民事事件、書籍の執筆、セミナー(個人情報等)を経験し、令和6年、大阪にて独立開業。現在は、契約書作成、労働問題、債権回収をはじめとする企業法務案件を中心に、離婚、相続、交通事故、刑事事件など幅広い案件の対応を行っている。
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