2025.09.02

吉本郁生弁護士 連載コラム
事業主が押さえておくべき障害のある労働者に対する合理的配慮の内容
第5回 障害を有する労働者に対する安全配慮義務が問題となった裁判例(後編)

吉本郁生弁護士 連載コラム
事業主が押さえておくべき障害のある労働者に対する合理的配慮の内容
第5回 障害を有する労働者に対する安全配慮義務が問題となった裁判例(後編)

1.はじめに
 前回のコラムに引き続き、今回のコラムでも、障害を有する労働者に対する配慮が問題となった裁判例を紹介します。

前回コラムはこちら
https://x.gd/99ADe


 これらの裁判例も、直接的に、促進法上の合理的配慮の提供義務が問題となったものではありませんが、採用後に健康上の問題が生じた労働者に対する配慮が問題となったものであり、促進法上の合理的配慮に違反した場合にも同様の問題が生じるおそれがあることから、促進法上の合理的配慮の内容を検討するに当たっても参考になるものと考えられます。
 前回のコラムでは、精神的な症状が問題となった事案を取り上げましたので、今回のコラムでは、身体的な症状が問題となった事案を取り上げます。
2.障害者に対する配慮が問題となった裁判例(続き)
【奈良地裁葛城支部令和4年7月15日判決】
 この事案は、市役所で市税の徴収業務を行っていた職員(原告)が、交通事故に遭って右足関節機能障害を負い、その後、保護課に配属され、ケースワーカーとして生活保護受給者の自宅を訪問する業務を行っていたところ、右足関節の疼痛が悪化し、歩行に困難を来す状態となったことから、市(被告)に対し、安全配慮義務や促進法上の合理的配慮の提供義務に違反するなどとして損害賠償を請求したというものです。
 なお、この判決では、当該職員が人事課に右足の症状を訴え、異動を求めていた事実はないとされました。

 この判決では、家庭訪問等の業務の継続が右足関節の症状の悪化の原因になったと推認するのが合理的であるとした上で、「使用者は、労働者の生命・健康が損なわれないよう安全を確保するための措置を講ずべき義務を負っている。したがって、労働者が現に健康を害し、そのため当該業務にそのまま従事するときには、健康を保持する上で問題があり、あるいは健康を悪化させるおそれがあるときには、速やかに労働者を当該業務から離脱させ、又は他の業務に配転させるなどの措置を取るべき義務を負うと解するべきである。……保護課に配属させた後の原告の右足は、……家庭訪問の業務が大きな負担となるような状態にあったのであり、被告もその事実については、自己申告書や身体障害者手帳のコピーで原告の身体障害を把握するとともに、……保護課長や同僚を通じて実情を容易に知り得る状態にあったと認められる。そうすると、被告としては、原告の状況を把握した上、その業務負担を軽減する措置を取り、あるいは担当業務を変更するなどの措置を講じる義務を負っていたというべきである。……しかし、被告は、……原告を保護課から異動させず、多数回の家庭訪問に従事させたのであるから、被告には安全配慮義務違反があるというべきである。」と判断されています。

 この裁判例でも、職員本人は症状を訴えていませんでしたが、市側の安全配慮義務違反が認められており、労働者の採用後においては、労働者からの申出の有無にかかわらず、事業主が労働者の障害の有無を把握・確認しなければならないとする配慮指針と整合する判断がされています。精神的な健康状態に関する情報については、裁判例(前回のコラム参照)においても、本人から積極的な申告を期待し難い性質の情報であることから、労働者からの申出がなかったとしても、安全配慮義務を免れることにはならないとされていましたが、身体的な症状についても、同様の判断がされています。
 他方で、配慮指針においては、本人から具体的な合理的配慮の提供に関する申出がない場合においては、労働者本人の障害の受容の状況や病状等によっては、本人からの申出以外の方法で知り得た情報をもとに労働者が障害者であるとの前提で合理的配慮の手続を進めることが本人の意に反しトラブルとなることもあり得るため注意が必要とされており、「所得税の障害者控除を行うために提出された書類」から障害を知った場合には、個別の状況によっては不適切となるとされています(障害者雇用促進法に基づく障害者差別禁止・合理的配慮に関するQ&A【第三版】1-5-1)。
 上記裁判例の事案では、原告の身体症状が記載された自己申告書は、職員の人事配置の適正化を目的とする自己申告制度のために提出されており、とりわけ、障害者手帳については、所得控除を受けるために提出されていましたので、促進法上では合理的配慮の提供に当たって前提とすべきではない情報であっても、これを知っていた場合には安全配慮義務違反となることがあるのかという点が問題となります。
 この点については、確かに、上記Q&Aにおいても、所得控除を受けるために障害者手帳を提出する場合については個別の状況によっては不適切な場合があり得るとされているだけであり、上記の裁判例は、必ずしも上記Q&Aと矛盾するものではない(障害者手帳から知り得た情報をもとに合理的配慮の手続を進めるべきか否かについては判断されていないものの、この点が問題になっていれば例外的に許される事案であった)と考えることもできないわけではありません。
 しかしながら、促進法上の合理的配慮については、労働者の意向を踏まえて当該労働者が働きやすい環境を整えるための措置を求めるものであることから、労働者の意向が重視されるのに対し、安全配慮義務については、労働者の健康を確保するための措置を求めるものであり、労働者の意向よりも労働者の健康の確保が重視されるため、合理的配慮の手続に用いるべきではない情報であっても、これを知っていた場合には安全配慮義務違反を問われることがあるのではないかと考えられます。

 この点については、裁判例などで、促進法上の合理的配慮において用いるべきではない情報を知っていた場合に安全配慮義務違反となるかという点が直接的に判断されたものがあるわけではありませんが、現時点では、事業主としては、促進法上の合理的配慮の手続に用いるべきではない情報であっても安全配慮義務違反を基礎づけることがあると考え、何らかの措置を講じないことにより労働者の心身の健康上の問題が発生・拡大し得る場合には、そのような情報であっても、これをもとに労働者の健康を確保する措置を講じておくのが安全であるように思われます。ただし、この場合であっても、労働者本人との話合いは重要であると考えられますので、まずは十分に話合いを行い、やむを得ず促進法上の合理的配慮の手続に用いるべきではない情報をもとに一定の措置を講じる場合であっても、弁護士などの専門家と相談して対応を決定するのが安全です。

 なお、この判決では、安全配慮義務の内容として担当業務の変更に言及されていますが、視覚障害を有する労働者の職務変更の適法性が問題となった広島高裁岡山支部平成30年3月29日判決では、「控訴人が実施している授業内容改善のための各種取組み等による授業内容の改善や、補佐員による視覚補助により解決すべき」であるとして職務変更命令の必要性を認めず、職務変更命令は権利濫用に当たり無効であると判断されていますので、職務変更は、配慮措置を講じても職務の遂行ができない場合に認められると考えられます。

 また、この事案において、原告は、原告のために市庁舎敷地内の駐車場の利用を許可することや、原告の机付近に歩行補助杖を置くスペースを設けることなどの配慮を被告が行うべきであったと主張しましたが、裁判所は、被告が原告のために庁舎敷地内の駐車場に駐車スペースを確保していなかった点については、庁舎敷地内の駐車場は来庁者向けのものであり、原告のための駐車スペースを常に確保することは困難であって、駐車場と執務室の移動の負担軽減の方法は一定の駐車スペースの確保に限られるものでもないとして、合理的配慮をしていないとはいえないと判断しました。
 そして、原告の机付近に歩行補助杖を置くためのスペースが設けられていなかった点については、杖を使用するに当たり特別なスペースや設備を要したとは認められず、また、原告はエレベーターを利用しており、庁舎内の移動に問題があったとは認められないことから、この点についても、合理的な配慮をしていないとはいえないと判断されています。

 これらの点については、個別事例についての判断ではありますが、一般論としては、施設の整備など負担が大きい対応については、そのような対応ができていなかったとしても、促進法上の合理的配慮の提供義務違反とはなりにくいことを示していると考えられます。
 もっとも、促進法上は、採用後の場面においては、合理的配慮の内容として「施設の整備」が例示されていますので(促進法36条の3)、「施設の整備」が直ちに「過重な負担」となるわけではなく、事業主の負担などを考慮して「過重な負担」とならない場合には、合理的配慮の一態様として「施設の整備」が求められることもあることには注意が必要です。
 そのため、ある程度の人数の障害者を雇用する義務のある事業主については、「施設の整備」まで求められる可能性も否定できません。この場合、障害者雇用向けサテライトオフィスを展開する事業者と提携することにより、「施設の整備」による負担の軽減を図り、かつ、障害を有する労働者に対しても働きやすい環境を提供できるため、有用な方法であると考えられます。
【岐阜地裁令和4年8月30日判決】
 この事案は、高次脳機能障害及び強迫性障害を有する労働者(原告)が、勤務先である被告に対し、腰痛により運動靴しか履けないにもかかわらず革靴の使用を強要されたのは合理的配慮義務に違反するなどと主張して、債務不履行に基づき500万円の損害賠償を求めました。
 本件では、被告が、原告に対し、障害のある労働者である原告に対し障害の特性に配慮した合理的配慮措置を講じる義務があったか否かが問題となりました。

 この点に関し、裁判所は、原告の腰痛は、高次脳機能障害及び強迫性障害によりもたらされたものとは直ちに認められないので、腰を痛めていることにより履物に関して配慮を求めることが、促進法上求める合理的配慮の対象になるとは直ちに解されないとしながらも、原告が入社当初から、履歴書にも履物に関する配慮を求める旨を記載し、運動靴しか履けない旨を申し出ており、被告も、これを認識して原告を雇用したと認められることから、履物に対する配慮は、「障害者雇用促進法の求める合理的配慮に準じるもの」として扱うのが相当であると判示しました。

 この裁判例では、下級審の個別事案に関する判断ではありますが、必ずしも促進法上の「障害者」に該当しない場合であっても、雇用時に配慮を求めていたことなどから、合理的配慮に準じる措置を講じる必要があったと判断されています。
 この裁判例を踏まえると、労働者に対する合理的配慮を決定していく上では、単に促進法上の「障害者」には該当しないからといって合理的配慮の提供義務はないと判断するのではなく、障害とまではいえない労働者の特性についてもどのような配慮が必要かを検討して対応していくのが重要といえます。

 また、この裁判例では、会社が従業員の業務遂行能力の拡大に資すると考えて何らかの提案(支援、指導)を行い、その提案(支援、指導)が配慮が求められている事項と抵触する場合であっても、形式的に配慮が求められている事項と抵触することのみをもって配慮義務に違反すると判断することは相当ではなく、その提案の目的、提案内容が従業員に与える影響などを総合考慮して配慮義務に違反するか否かを判断するのが相当であるとして、仮に、被告の従業員が、原告に対して、革靴に近い外観を有する靴を履くように勧めたとしても、それが社会人としての活動範囲を広げることにつながることに照らせば、このように勧めたこと自体は、原告に対する配慮義務に違反するものとは認められないとされています。

 このことからすれば、配慮が求められる事項と抵触し得る提案であっても、その目的や影響の内容によっては配慮義務に違反しないこともあると考えられますが、合理的配慮については、障害者との話合いが重要とされていますので、障害者の意向を無視した提案を行わないように注意する必要があります。
3.おわりに
 これまでのコラムでお伝えしたように、促進法上の合理的配慮を検討するに当たっては、障害者との対話が重要になります。
 また、その際には、必ずしも促進法上の合理的配慮が必要となる障害ではなかったとしても、促進法上の合理的配慮に準じる措置が必要となる場合もありますので、形式的に促進法上の「障害者」に当たらないから合理的配慮の提供義務はないと判断するのではなく、その労働者が有する特性に対してどのような配慮が必要かを検討することも重要です。
 さらに、事業主としては、合理的配慮の提供義務に違反し、これにより労働者の健康状態が悪化した場合には、安全配慮義務違反を問われる可能性もありますので、この点にも注意が必要です。
 その一方で、労働者本人が障害を受容していない場合など、促進法上の合理的配慮の提供義務がないと考えられる場合であっても、配慮措置を講じないことにより心身の健康上の問題が発生・拡大し得るときは、安全配慮義務違反を問われる可能性もありますが、この場合においても、まずは労働者との対話を重ね、必要な措置の内容を決定していくことが重要です。
 事業主としては、促進法上の合理的配慮の提供義務があるか否かだけを考えていればよいというわけではありませんので、対応に苦慮することもあるかもしれませんが、労働者との対話が十分にできていれば、労働者にとっても働きやすく、かつ、トラブルも生じにくい職場環境が形成されるものと考えられますので、労働者の意向を踏まえた柔軟な対応をしていただければと思います。
執筆者 弁護士 吉本 侑生/ Yoshimoto Yuki Serenity法律事務所 代表
執筆者 弁護士 吉本 侑生/ Yoshimoto Yuki
Serenity法律事務所 代表

平成29年弁護士登録。同年、ベンチャー企業を創業からIPO・M&Aまで幅広くサポートする大阪の法律事務所に入所。同事務所にて多数の企業法務案件や一般民事事件、書籍の執筆、セミナー(個人情報等)を経験し、令和6年、大阪にて独立開業。現在は、契約書作成、労働問題、債権回収をはじめとする企業法務案件を中心に、離婚、相続、交通事故、刑事事件など幅広い案件の対応を行っている。

https://serenity-law-office.site/


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