2024.02.26

<貝沼春樹社労士の連載コラム 全8回>
中小企業必読! はじめての障害者雇用
第1回 “引上げ”楽観視は危険 東京圏で応募者集まらず

<貝沼春樹社労士の連載コラム 全8回>
中小企業必読! はじめての障害者雇用
第1回 “引上げ”楽観視は危険 東京圏で応募者集まらず

厚労省指導方針リーフでは不明
 筆者は障害者の就労支援に注力している社会保険労務士である。主に障害者を雇用する企業への支援をしている。加えて精神保健福祉士、訪問型ジョブコーチでもある。障害者の就労には医療、教育、福祉、雇用などの各領域がかかわってくるが、雇用に軸足を置く社会保険労務士の視点から「企業における障害者雇用」について述べていきたい。さらに精神保健福祉士、ジョブコーチとして医療、福祉の視点でも触れたい。
 昨年1月に共同通信が障害者雇用ビジネスの実態を記事にした。『障害者雇用「代行」急増 法定率目的、800社利用』というこの記事は、障害者を雇用する企業に大きなインパクトを与えただろう。4月には厚生労働省が「いわゆる障害者雇用ビジネスに係る実態把握の取組について」として、障害者雇用ビジネス実施事業者やその利用企業の実態を各労働局が調査した結果(令和5年3月末時点)を公表した。
 各労働局が、障害者雇用ビジネス実施事業者23法人の運営する就業場所(農園、サテライトオフィスなど)125カ所を把握(うち45カ所について訪問)したもので、当該就業場所の利用企業は延べ1000社以上に上った。社名の判明した計253社のうち42社へ訪問したところ、そこでの就業障害者数は6568人以上だった。同調査は全数調査ではないため、現実には報告されている以上に障害者雇用ビジネス実施事業者や就業場所が存在するだろう。訪問できた就業場所の利用企業も42社に留まっており、就業障害者数もこの人数では済まないはずだ。
 いわゆる障害者雇用ビジネスについては、これが世間に広く知られ始めた頃から批判や異論があった。とくに福祉分野からは「障害者雇用促進法の趣旨を潜脱しているのではないか」、「法定雇用率をお金で買っている」、「これはダイバーシティ&インクルージョンとはかけ離れた障害者の隔離である」などの厳しい批判がある。
 令和4年12月の障害者総合支援法の改正では、国会で「事業主が、単に雇用率の達成のみを目的として雇用主に代わって障害者に職場や業務を提供するいわゆる障害者雇用ビジネスを利用することがないよう、事業主への周知、指導等の措置を検討すること」と附帯決議もされている。
 厚労省の実態調査では、「把握した事例と課題等への対応に求められる望ましい取組のポイント」をまとめたが、把握した事例や課題が法律に違反しているとの明言はない。「求められる望ましい取組」としての提起に留まり、行政がどのように対応していくのか分からない。厚労省のリーフレット「事業主の皆様へ 障害者が活躍できる職場づくりのための望ましい取組のポイント」でも、行政の今後の指導方針は判然としない。
 これでは現に障害者雇用ビジネスを行っている事業者とその利用企業は困惑し、今後の対応に向けた方向性も見出しにくいのではないか。障害者雇用ビジネス事業者にとっては、事業の存続に影響する可能性があり、早急に抜本的な対策を講じなければならないだろう。昨年9月には障害者雇用の支援事業者6社が業界団体である「日本障害者雇用促進事業者協会」を設立した。業界全体の信頼向上と障害者雇用の健全な発展をめざすとのことで、今後の動向が注目される。
 障害者雇用ビジネスを利用している企業からすると、障害者雇用ビジネス事業者の利用の仕方を見直す必要に迫られるだろう。行政の動向や社会の批判によっては、障害者雇用ビジネス事業者が提供する就業場所から障害者の社員を引き上げなければならなくなるかもしれないが、社内に障害者雇用の体制もノウハウもない状態で、引き上げさせた人材をどのように受け入れたら良いか、その体制整備が急務となってくる。該当する企業の人事担当者には頭が痛い喫緊の課題となりつつあるようだ。
退職分補いつつ追加確保は困難
 企業に義務付けられる障害者の法定雇用率(現在は2.3%)は、今年4月に2.5%、令和8年7月には2.7%へ引き上げられる。わずか0.2%ずつの引上げであるが、そのインパクトは小さくない。障害者を雇用しても時間が経てば離転職や定年などで雇用者数は減少する。その減少を補って、かつ、雇用率アップ分も確保するのは現状では簡単ではない。
 東京圏では、障害者の採用をしようとしてもなかなか応募者が集まらず、採用担当者は苦慮していると聞く。採用できても離転職せずに長く勤務し続けてもらうためにどうしたら良いかも悩みの種である。障害者の安定的な採用ルートを確保するのが最大の課題と漏らす担当者もおり、筆者にそのルートの紹介を依頼してくることもある。法定雇用率の引上げを楽観視することは危険と考える。
 このような厳しい環境のなかで、中小企業は障害者雇用をどのように進めていくべきか。次回以降で詳しく述べていきたい。
(第2回に続く)
あおば社会保険労務士・精神保健福祉士事務所 代表 特定社会保険労務士 精神保健福祉士 貝沼 春樹
あおば社会保険労務士・精神保健福祉士事務所
代表 特定社会保険労務士 精神保健福祉士 貝沼 春樹

三井住友海上火災保険とその関連会社に41年勤務。営業・経営企画・人事労務、関連会社の役員等を経験。その経験を活かして経営者目線で人事労務コンサルティングを行っている。特に障害者雇用に注力。精神保健福祉士・訪問型ジョブコーチでもあり、精神障害者・発達障害者・知的障害者を雇用する企業への支援を得意としている。


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