<貝沼春樹社労士の連載コラム 全8回>
中小企業必読! はじめての障害者雇用
第6回「仕事のため」が前提に 過重な合理的配慮は不要
支援受けられる期間は初期限り
前回は、障害者の職場定着には適切なジョブマッチングが大事であると述べた。アセスメント(事前調査・職業評価)の内容について就労パスポートなどで提示を受け、それらを参考にして仕事内容と職場環境、必要な配慮などを検討すれば、障害者雇用を失敗するリスクは低くなると解説した。
障害者雇用での支援機関の役割と関係維持の必要性については既に述べたが、留意点もある。たとえば就労移行支援事業所は、いずれは支援の手を引いていく。そこを経由して採用した場合、企業が就労移行支援を受けられるのは就職(採用)してから6カ月間である。引き続き就労定着支援を受ける場合でも、限度は最長3年間までである。就労定着支援事業所からは「就職者数は累積していくし、その職場も広範な地域にわたると、なかなか訪問できない」と悩みを聞くこともある。その後はケースによってだが、地域の障害者就業・生活支援センターが支援を引き継いでいく。ただ、現実には引き継ぐ側の障害者就業・生活支援センターの担当者によれば「支援対象者数が多く、なかなか十分な支援が難しい」という。
職場でのジョブコーチによる支援も、標準的な期間は3カ月程度である。その間に徐々に支援頻度を減らし(フェイディング)、最終的に職場内で上司や同僚が自然なかたちで見守り、支える体制・環境(ナチュラルサポート)ができることをめざしている。長期にわたり支援が続くわけではない。
つまり、支援機関などに支援を丸投げしていると、支援者が撤退する段階になって初めて、自社内に障害者雇用の体制や自前の支援ノウハウ、スキルが構築できていないと気付き慌てることになる。障害者雇用を成功させるためには支援機関などの支援者の役割は重要だが、あくまでも企業が自前でやっていかなければならないものであることを認識しておく必要がある。支援機関によるサポートは、初期段階の一時的なものと考えた方が良い。自社でしっかりした障害者雇用の体制を構築することを軽視するのは危険である。
障害者雇用といえども、労働契約に基づき労働に対して賃金を支払う部分に変わりはない。したがって障害者であっても労働契約に基づきしっかり働いてもらう。
最近、企業の担当者によっては、合理的配慮や離職防止対策に追われて、前提にある労働契約が忘れられがちになっているのではないかと感じるケースがある。あくまでも、労働契約で定めた仕事をしてもらわなければならず、合理的配慮はそのために必要なものを提供する。
障害者雇用促進法では、「雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない」(第36条の3)と規定する。合理的配慮の内容は厚生労働省が「合理的配慮指針」と「合理的配慮指針事例集」で示している。これらに基づき、本人と会社は(人事部と受入れ現場が適切な情報交換をしたうえで)よく話し合って丁寧なすりあわせを行い、提供する合理的配慮を代替手段や補完手段も含めて調整していく。
留意すべき文言は、「事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない」である。過重な負担は、以下の6つの要素(①事業活動への影響の程度、②実現困難度、③費用・負担の程度、④企業の規模、⑤企業の財務状況、⑥公的支援の有無)を総合的に勘案し個別に判断される。中小企業にとっては、提供する配慮のために投入できる資源には限りがある。
ある現場で最近、合理的配慮の提供に向けて、過度な負担を強いられて悲鳴を上げている事例を耳にした。これでは本人と企業の双方が不幸になる。「必要な合理的配慮の提供には努めるが特別扱いはしない」ことが大事だろう。
短時間・軽作業からスタートを
新規採用する障害者の当初の労働条件について、人事担当の方からご質問をいただいた場合、筆者は業務の負荷を段階的に増やす方法をお勧めしている。障害者の障害特性や希望する配慮などへの対応は、就労パスポートなどを基に個別に協議することになる。一般的にいえば、障害がある方は体力がなく我われの予想以上に疲れやすい方が多いうえ、就職による環境の激変でとても緊張し、不安や強いストレスを感じている。とくに満員電車での通勤は負担が大きい。したがって、少しずつ勤務する日数や時間、業務量、仕事の質を上げていき、仕事や職場環境に慣れてもらう方がスムーズに職場に定着しやすい。計画的に仕事の量や範囲、かかわる人の範囲を広げていくことがコツと考える。
少しずつ勤務する日数や時間数を増やしていく方法だと、時給制の場合はそれに伴って収入が増えていくので、本人のモチベーションが上がる効果もある。始業時刻は、最初から一般の社員と同一にした方が良いだろう。終業時間を少しずつ延ばしていく方が、上手くいくと考える。
あおば社会保険労務士・精神保健福祉士事務所
代表 特定社会保険労務士 精神保健福祉士 貝沼 春樹
三井住友海上火災保険とその関連会社に41年勤務。営業・経営企画・人事労務、関連会社の役員等を経験。その経験を活かして経営者目線で人事労務コンサルティングを行っている。特に障害者雇用に注力。精神保健福祉士・訪問型ジョブコーチでもあり、精神障害者・発達障害者・知的障害者を雇用する企業への支援を得意としている。