2024.05.28

最近の障害者雇用にまつわる判例
~障害者雇用で留意する点を裁判例から考える~

最近の障害者雇用にまつわる判例
~障害者雇用で留意する点を裁判例から考える~

障害者の法定雇用率を満たさなかった場合、障害者雇用納付金を納めなければならず、また、行政指導がありこれに従わない場合には企業名の公表があります。企業名の公表により企業イメージが低下することが懸念されるところですが、行政による企業名の公表以外にも、適切な雇用管理(合理的配慮含む)を怠ったために、訴訟に発展し、ニュースに企業名が公表されてしまうリスクがあります。最近のニュースからどのような点が争点となっているかを見ていきたいと思います。

「発達障害で退職強要」 日本年金機構、元職員の男性が賠償求め提訴
発達障害を理由に日本年金機構から退職強要を受けたなどとして、元職員の男性(39)が12日、同機構に慰謝料を含む約1200万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。男性と代理人弁護士らが都内で記者会見して明らかにした。
訴状などによると、男性は正規職員として都内で勤務していたが、上司のパワハラで適応障害を発症して2020年1月に休職。その後、病院でADHD(注意欠如・多動症)と診断された。そのことを同年10月に面談した同機構本部の担当者に告げたところ「そういうことであれば、働ける場所はない」「適応障害が治癒しても、退職するほかない」などと言われたという。

障害告げた後に、送られた退職書類
面談後には退職手続きの書類が送られ、「ADHDで通院治療中であるが、現状では復帰が困難なため」などと理由を書くように指示する記載があったという。男性は指示通りに書いて提出。12月末に退職した。
三鷹労働基準監督署は、22年5月に上司のハラスメントなど心理的負荷があったことを理由に男性の労働災害を認定した。
男性側は就労できる仕事が存在しないと誤解して退職したと主張。退職勧奨は、障害者に対する差別禁止を定めた障害者雇用促進法に反し、態様も悪質だと訴える。また、労働契約法上の「安全配慮義務」にも違反しているとした。
代理人弁護士によると、パワハラや退職強要について同機構は「事実が認められない」と主張しているという。
同機構は取材に「訴状を見ていないのでコメントは控える」とした。
(朝日新聞デジタル2024年1月12日)


退職勧奨は、適切に行わなかった場合、解雇権の濫用法理が適用され本来の目的である「円満退職」が認められなくなってしまいます。しつこく退職を迫ったり、退職に応じなければならないと本人が錯誤(勘違い)するような状況であった場合、不適切な退職勧奨であったとして不当解雇と判断されてしまう可能性が生じます。
当該ケースにおいても「男性側は就労できる仕事が存在しないと誤解して退職した」と主張しています。退職に応じなければならないと本人が錯誤(勘違い)するような状況は避けなくてはなりません。また、ADHDであると申告があった以上、業務上の指導がパワハラと認識されないよう注意が必要です。

雇い止め理由は「期限守れず、覚えられず」 発達障害の女性が訴え
当時の勤務先だった北海道大学から送られてきた「労働契約不更新理由書」には、こんな文言が並んでいた。
「提出すべき書類の提出期限を守ることができない」「毎月の同じ業務について、いまだに覚えることができず間違える」
女性は発達障害を抱えていた。自らの障害を理由に不当に雇い止めされたとして、北大を相手取り、職員としての地位の確認などを求める訴訟を札幌地裁で続けている。原告側は「(北大が)障害者に対する合理的配慮を欠き、障害を理由とした差別をした」などと訴える。
原告側の書面などによると、女性は広汎(こうはん)性発達障害で、障害者2級の認定を受けている。北大では2021年4月、障害者雇用促進法に基づいた「障害者」の枠で働きはじめ、郵便物の仕分けや伝票の作成といった一般事務を担当していた。雇用期間は1年間とされていたが、5年間は更新可能だった。
だが、翌年の2月に北大から契約を更新しないと通告された。
女性の代理人弁護士によると、その後の労働審判では、雇い止めの理由が適切なものではなかったとして、北大が女性に解決金として14万円を支払うという内容の調停案が示された。女性の主張が一部認められた形だが、北大側がこれを拒否したという。そのため、訴訟手続きに移った。
原告側は訴訟で、発達障害の一般的な特徴について▽物忘れをする傾向がある▽聴覚過敏のために、周りの音に気が散ってしまうことがある▽パニックに陥ることがあると説明。理由書の内容について「障害の内容そのものを、更新拒絶の理由としている」と訴えた上で、「北大が女性の障害に対する配慮もせず、業務上の指示や評価を行ってきた」とも指摘した。
原告側の主張によると、女性は、学内の集配便に対応する仕事もしていたが、発達障害の影響で便の到着に気付けないことも多かった。届ける際に大声で伝えてもらうよう他の職員にお願いしていたが、一部対応してくれない職員がいた。上司に相談したが、「声かけをするという決まりはあるのか?」などと言われたという。
一方、北大側はこれらの指摘をめぐり、上司は女性に対して問い詰めるような言い方をしていないとしたほか、女性への支援や配慮をしていたと主張した。
具体例としてあげたのが、▽他の職員よりも簡易な業務に従事させた▽業務で使う一覧表に欄を一つ追加した▽勤務時間中に弁当を購入する際、決めるのに相当の時間をかけることを認めた、などだ。
その上で、女性がそれでも書類を渡す先を間違えるといったミスをしたり、他の職員とトラブルを起こしたりしたなどと主張。「女性の勤務成績、態度が著しく不良で、改善が見込めない」と判断し、契約の更新を行わなかったとした。

朝日デジタル2024年2月6日
これについて明星大の縄岡好晴准教授(社会福祉学)は「一人ひとりとの話し合いを重ねて状況を整理していく必要がある」と強調しています。「障害者の法定雇用率が引き上げられていくなかで、障害者が就労移行支援などの十分な支援をうけられずに就職してしまうケースが増えてきている」とも話します。自分の特性を整理する時間が不十分なため、採用されてから困りごとに直面してしまってうまく働けなくなるケースもあるといい、「国はただ障害者を雇わせるのではなく、障害者への伴走型の支援を拡充することも求められている」と指摘しています。

先の日本年金機構のような例については労働法の知識が必要となります。
上記の北海道大学のような例については、合理的配慮とわがままの境界線などについて、障害の特性や、障害者とのコミュニケーションの取り方についての知見がなければトラブルに発展する可能性が高いと考えられます。

以下では、公的機関に対して宮城労働局から「障害者雇用率を達成していない」として勧告がされています。勧告を受けていながら改善できなかった理由として以下のように回答しています。
■応募がない 
■現場とのマッチングが難しい
これに対し宮城労働局は「様々な事情はあるが、支援機関の力を借りながら障害者ができる仕事を工夫してほしい」とコメントしていることからも、障害者雇用に取り組む事業主を支援する障害者雇用促進事業者や促進協が果たせる役割は大きいと考えられます。
宮城県労働局が県内の1市7町と3病院運営団体に勧告

宮城労働局は3月14日、障害者雇用促進法が公的機関に求める障害者雇用率の法定基準(2・6%)を満たしていないとして、県内の1市7町と3病院運営団体に勧告を出した。勧告を受けたのは、東松島市、亘理、七ケ浜、加美、柴田、川崎、丸森、蔵王の7町のほか、登米市病院事業、みやぎ県南中核病院企業団、気仙沼市病院事業だ。
このうち、加美町、蔵王町、みやぎ県南中核病院企業団は、6年連続の勧告となった。亘理町、柴田町、登米市病院事業は5年連続だった。
今回の勧告対象は、2022年6月1日時点で法定雇用率を未達成だった団体のうち、労働局に提出した採用計画の実施率が23年に50%未満だったか、もしくは実際の雇用率が22年6月1日を上回らなかった団体。
6年連続で勧告を受けた加美、蔵王の2町は朝日新聞の取材に対し、改善ができなかった理由を「(求人に対して障害者の)応募がほとんどない」と口をそろえる。
蔵王町が法定雇用率に達するには、4人分の雇用が不足するが、担当者は「3年間で採用試験を受けた人は数人で、筆記試験を通過する人はいなかった」と話す。

加美町も4人分の雇用が不足していたが、新年度に6人分の雇用が増え、法定雇用率を超えた。ただ、その実情は民間企業で働いていた元職員が再び役場に戻ったり、新たに障害者手帳を持つようになった職員がいたりしたからだった。
 担当者は「何か対策が実ったわけではない」と明かす。応募があれば基本的に採用する姿勢だったが、応募自体もほぼなかったという。
人口約2万1千人の加美町は2003年に3町が合併してできたという経緯もあり、同規模の他町と比べ職員数が多く、法定雇用率に必要な雇用数も多いという事情もある。
みやぎ県南中核病院(大河原町)と村田診療所(村田町)を運営する企業団も、法定雇用率に達するには4人分の雇用が足りない。
病院は県内6医療機関にしかない救命救急センターを抱え、重篤な患者を受け入れる3次救急を担う。採用担当者は「医療現場は地域の最後のとりでで、忙しくハード。障害者を受け入れる覚悟を持たねばならないが、現場の仕事を考えるとなかなかマッチングがかなわない」と話す。病院では5人の障害者が働くが、全員が事務職だという。
「一般的に小さい自治体だと、障害者ができる業務の幅は狭い。自分で乗用車を運転できなければ当然、公共交通機関が便利な場所の方が働きやすい」。県庁職員として20年以上働く車いすの河野大祐さんは、障害者と雇う側双方の事情に理解を示す。小さな組織では、バリアフリーへの対応も難しいという。
ただ、18年には全国的に雇用率の水増しが発覚したことも契機となり、雇用状況は改善しつつある。厚生労働省が昨年12月に発表した集計結果では、民間企業は雇用障害者数、実雇用率ともに過去最高を更新し、公的機関も対前年で上回った。
県内の実雇用率もこの10年ほど増加傾向が続くが、市町村などの51機関の法定雇用率達成の割合(23年6月1日現在)は66.7%で、全国平均の77.6%を下回っている。
宮城労働局の担当者は「様々な事情はあるが、支援機関の力を借りながら障害者ができる仕事を工夫してほしい」と注文を付ける。
朝日新聞デジタル2024年4月13日
取材協力:促進協パートナー社会保険労務士
田丸カナ / Tamaru Kana
社会保険労務士法人 プレナパートナーズ 代表社員 田丸カナ / Tamaru Kana
社会保険労務士法人 プレナパートナーズ
代表社員 田丸カナ / Tamaru Kana

2006年に社会保険労務士試験合格。東証一部上場の総合人材サービス会社での人事労務、コンサルタント会社における労務コンサルタントを経験。社労士事務所と事業会社での経験を生かし、多角的な見地による人事労務コンサルティングサービスを提供している。
得意領域は、障害者雇用率の上昇や女性活躍推進法の義務化の可能性を重視したコンサルティング。



業界ニュース一覧