2024.02.26

都市農業に根付く共生社会
~金子ファームの実践から~

都市農業に根付く共生社会
~金子ファームの実践から~

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ファーム内にて障害のある農業従事者の皆さんと。中央が代表社員 金子栄治さん。
本当の共生(Symbiosis)は実現するか?
障害をテーマに仕事をする中で、「共生」について考え続けています。ここ数年の間に日本では、「インクルーシブ」のほうが耳慣れた言葉になったでしょうか。私の研究テーマは「障害者との協働の仕組みづくり」なので、このあたりのキーワードについては何度も反芻してきました。

振り返ると2019年に論文執筆した際、埼玉県立大学名誉教授 朝日雅也先生の「共生社会」に関する小論を拝読し、以来研究と実践を続けるうえで「共生=Symbiosis」を基本的姿勢としています。
以下引用(注1)
" 「共生社会の『共生』は、元来、生物用語(Symbiosis)で、『異種の生物が行動的・生理的な結びつきをもち、一緒に生活している状態』をさす。大多数を占める立場の者が、そうではない者への寛大な気持ちを持って歩み寄るようなイメージではない。少数となる立場の者が、自らの思いや願いを発信できない状態にあれば、その制約を除去する必要がある。共生社会はそこにいることを意識し合い、構成員の『対等性』を基盤に、時には相克しながら向き合わなければ実現できない社会といえる」 "


人間社会はもともと異種が混沌としていたが、近代化により同質性の高い集団・組織での仕事や活動が基本となり、結果的に少数派が排除されやすい状況となりました。私たちは分断や制約がある一方で秩序に守られた社会での暮らししか知らないので、これをもとの状態つまり本来の「共生社会」に戻そうとするとかなりの違和感、葛藤が生じます。この痛み、苦しみを朝日先生は「相克(そうこく)」と表現されたと理解しています。促進協会員の皆様も、日々の活動の中で障害者との共生、共存が容易ではないことを実感されているのではないでしょうか。

それでも、全人口のうち7%程度障害のある人がいるのが現実であり、どこに行っても一定数混ざっているのが本来の姿だとすれば、そんな社会を目指したいと思ってしまいます。しかしこのような話をすると、多くの場合きれいごと、現実味がないと言われてしまいがち…ですが、案外不可能ではないのでは?実現するとこんな感じかもしれない、と思える実例の一つが、横浜市青葉区の金子ファームです。

金子ファームが示す共生のかたち
金子ファームは会員企業「Universal Agriculture Support合同会社(UASLLC)」様の運営による都市農業の圃場(農作物を育てる場所)です。もとは16代続く家族経営の農家でしたが、現在は高糖度ミニトマトや露地でのサツマイモ栽培を主軸に、地域の企業や学校、福祉と連携し、新しい形の働く場所「ソーシャルファーム」を実現させています。

金子ファームにお邪魔すると、約40a(4000㎡)の圃場のいたるところで、障害のある人に出会います。障害のあるなしを問わず、農業従事者としてともに作業をされているのです。

例えば
収穫されたトマトの選別、袋詰め。
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使用済みの栽培用ネットを再利用するために、土やごみを水で洗い流す作業。
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大手菓子メーカーさんとのイチゴの研究栽培。メインの担当者は3年間引きこもっていた人で、彼の社会復帰も兼ねてこの事業を行っています。

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農業は「植物のお世話」という仕事のため、植物が休まない限り人間の休みがないといわれますが、だからこそ毎日多様な作業が発生します。そのため、障害者、引きこもりなどを経て社会復帰したい人など、ある意味「変わった」人たちが、強みを生かした仕事を見つけやすいのかもしれません。金子ファームでは、このように人間がやるべき仕事を切り出しつつ、AIやIoTを活用し「植物のお世話」の一部を任せ、人間の休みを生み出しています。
まさに小さな共生社会です。

実現の背景にあるものとその成果
また金子ファームでは市内の社会福祉法人と連携し、障害支援事業所の施設外就労として重度の知的障害のあるメンバーを受け入れています。そのため、ファームの担当者から指導を受けたメンバーと施設の支援員がセットで作業チームを形成しています。農業技術と福祉支援のノウハウを組み合わせると、やれる仕事がないと思われてきた人たちもこんなにいきいきと働けるのだ、と気づかされます。結果、金子ファームの農業従事者のうち障害のある人の割合は約50%となっています。

さらに、労働力が確保されたことにより、15a(1500㎡)のハウス1棟と選果場を新設し生産規模を拡大。全体の約50%を占めているミニトマト栽培におけるパッキング作業は、障害者を中心とした作業チームが行ってくれているため、コスト削減と障害当事者の工賃アップに繋げることができ、農業経営上の成果につながっています。

代表社員の金子栄治さんは、農業をビジネスとして成長させることを追求する中で、農福連携と出会い障害のある人との共生を実現させました。その強い意志と実行力を支えるのは、農家に対する社会からの偏見に悩んだ過去、海外を含む各地・各分野に積極的に介入し多様な人から学んだ経験により培われた信念だそうです。また近年は特例子会社などへの農業指導、学生ほか次世代にノウハウを継承する活動にも力を入れています。詳細については、今後会員研修にてご自身から報告していただきましょう。

こんな職場が当たり前になるといいな。ヨッシーは懲りずに「共生=Symbiosis」の実現を目指し、皆さんに投げかけていきたいと思います。ちなみに金子ファームのミニトマトはびっくりするほど美味しいです。

UASLLC
https://www.uasllc.co.jp/
ECサイト
https://www.thanks-tomato.jp/

(注1)朝日(2018)、社会福祉研究第132号 巻頭言「共生社会を構成するもの」
吉川 典子(よしかわ のりこ)主任研究員・社会福祉士
吉川 典子(よしかわ のりこ)
主任研究員・社会福祉士

1999年社会福祉士資格取得。子どもの相談援助や生活支援の現場を経て、中間支援団体のソーシャルワーカーとなり、地域福祉やまちづくりをベースとした、高齢、障害、児童分野の人材育成やネットワーク創出事業を担当。特に就労による障害者の自立促進、ソーシャルインクルージョン等に関する多数の事業・プロジェクトの企画運営、イベントプロデュース、執筆・編集、講演活動などをおこなった。2019年立教大学21世紀社会デザイン研究科博士課程前期課程修了。2021年に独立し、障害者の就労・雇用コンサルタントとして活動中。2023年より促進協主任研究員、㈱ESC代表取締役。


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